アメリカ軍に提供した理由について、渡辺次長は「緊急事態に対応してもらう機関に、情報提供する一環として連絡した」と説明しました。
これによって,アメリカ軍(政府?)は受け取ったデータを重視して適切な対応を取った一方,日本政府は“無用”の混乱を防ぐためとデータの公表を渋り,対応も後手に回ったわけですね。つまり,いかに日本政府の対応がお粗末で緊急時対応(危機管制?)がまずいかということが明白になる。
質疑では、事故調査委員会の石橋委員が「平成19年の新潟県中越沖地震の経験がありながら、東京電力は、地震と津波に対して、対応が甘かったのではないか」と指摘したのに対し、東京電力の山崎副社長は「事業者として、忠実に対策を取ってきたと思っているが、考えているような前提をすべて覆すようなことが起きた。もう少し考えなければならないということがあるならば、考えていきたい」と述べました。
そして,東京電力という組織はいまだにこのような認識“しか”ないようである。
質問の指摘(新潟県中越沖地震の経験)に対して,自ら“考えているような前提をすべて覆すようなことが起きた”と述べながらもなお“もう少し考えなければならないということがあるならば”などとのたまっている。
現に想定外の大惨事が自らの身に降りかかったにもかかわらず,なお再考の余地があるならば考えたいなどと弁明しているのである。それこそ自らの姿勢をこそ再考すべきなのではないだろうか?
地域を死滅させうる原発という凶悪な被害をもたらしうる施設を運用する者として,有事の対策を強化すべきことなど必要性が一考の余地なく明白に露呈したにもかかわらず,なお考える必要があるなら考えるなどと言う姿勢は,そのような施設を預かる組織としての社会的責任を全くもってまっとう出来得る企業とは言えないのではないだろうか?